古雜文庫

図書カード

橋爪健:斑點

表 題 斑點
著 者 橋爪健
底 本 『文藝公論』第一卷第二號(1927年2月1日 文藝公論社刊)
初 出 同上
更新日 2021/11/02

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 彼女はいつのまにか、こんなふうに坐つてゐれば良いのだつた——顎を載せた左手を窓の上に凭せかけ、右の手先を一寸伊達卷の間に挾んで、胸も足もとろけた蠟燭のやうにはだけさせながら、硝子戶越しにぼんやり外を眺める。——
 それだけだ。唯さうして座つてさへゐれば、何もかも良いのである。やがて、向ふの雜木林から、誰かの——さうだ、誰かしらの男の姿が現はれてくる。彼女は微笑む。右手を伊達卷からほぐして、ちよつとばかり振つて見せる。その裏道を步き寄つてくる時、男たちはみんな種馬のやうに元氣だ。まもなく細い梯子段が朗らかに鳴つて、彼女の「幸福」が上つてくる。——それが「幸福」でなくて何だらう。どんなによごれてはゐても貨幣だ。お米も買へる。間代も出る。たまには小說本も買つて讀める。そんな「幸福」を持つてきてくれる男たちを、彼女はどうして愛さないでいゝものか。
 ——彼女はいつのまにか、そんなふうに座つてさへゐれば良いのであつた。けれども、その「幸福な」取引は、彼女をその古朽ちた六疊間よりも疲れさせる。ちよっと寢返りをうつのにも、節々がきしむほどの疲れである。