古雜文庫

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伊藤永之介:昨日への實感と明日への豫感

表 題 昨日への實感と明日への豫感
著 者 伊藤永之介
底 本 日本現代文學全集67「新感覺派文學集」(1968年10月19日 講談社刊)
初 出 『文藝時代』第二卷第三號(1925年3月)
更新日 2021/01/16

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 今日文藝が新しい出發を試みようと努力しまた現に新しいスタートを切つたのは過去の文藝に飛躍と情熱と感激が無くなつたからだ。自然主義、現實主義の何處に異つた世界に對する飛躍と新生命に對する情熱が認められるだらう。
 現實主義にはちやんとした世界が出來上つてゐる事は誰も否定しない筈だ。そしてものの考へ方や見方は、現實主義では二二が四になつてゐる。表現には原則的なプログラムと方法があり、文章法にはお手本がある。
 自然主義的であり現實主義的であるものの中に、一定の考へ方があり見方があると云ふ事には、寧ろ悲劇的な事實が附隨してゐる。卽ち無意識的お定りが、自覺的お定りとなり、その自覺が「斯くある」のそれから一轉して「斯くあるべし。」のそれに豹變してゐる事實である。二二が四が當然に二二が四である爲めに必要な定義が引き出されてゐる。
 今日、リアリズムの「小說作法」を呑み込んでゐない者があつたら不思議である。私の指摘せんとするのは單にそれを呑み込んでゐるばかりでなしに、それが法則的な方法になつてゐる事である。それはやがて批評の物指にさへなつてゐるのではないか?