古雜文庫

図書カード

藏原伸二郞:蒼鷺

表 題 蒼鷺
著 者 藏原伸二郞
底 本 文壇新人叢書第十篇「猫のゐる風景」(1927年11月15日 春陽堂刊)
初 出 『葡萄園』第四卷第七號(1926年11月1日)
更新日 2021/12/22

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 影の深い山門の石段を登つて行つた。
 琉球寺の奧庭の紅い花が見えて來た。蜩の聲が地にしみる。晚夏である。
 私は、その老人に、もう一度寺僧に會つて墓地の所在を確めてもらつた。
 老人は大樹の向ふにそのしんとした本堂の方へ、冷たい石甃を小刻みに走つて行つた。大樹の根が隆々とうねつて、そこに幽かな日影がさしてゐる。
 私は老人のうしろ姿を見送つてゐたが、急に氣が付いた樣に、白い布で覆はれたその小さな棺の上に目を落した。樹蔭と陽かげが、しやぼん玉の輪を造つて、キラキラ布の上でやさしく踊つてゐる。私ははつとした。棺の中に眠つてゐる小さく歪んだ小兒の表情をありありと見たのだから。と、そのとき玉虫色をした道しるべが布の端に飛び付いたが、すぐ何處かへ見えなくなつた。
 棺を膝の上にかかへて、私はそこの一番高い石段に腰を掛けると、今度は自然に前方の風景を眺めた。と、それは思ひがけなく山と山のかげに、さほど遠くなく湖が白く光つてゐるのを知つた。三方は山の濃い陰影を落して、一番向うの一角だけが、蒼空を倒映して、幽かに白く光つてゐるのである。それは丁度私の目と水平になる高さの山上の湖水であつた。
 私は、そのひつそりした石階の頂で、何故だかもう秋が來るなあと思つた。秋の寂しさを感じた。しかし、山腹の寺の門前に坐つて、さて私の考へる事は何にもなささうだつた。