古雜文庫

図書カード

藏原伸二郞:草の中

表 題 草の中
著 者 藏原伸二郞
底 本 文壇新人叢書第十篇「猫のゐる風景」(1927年11月15日 春陽堂刊)
初 出 『三田文學』第一卷第七號(1926年10月1日)
更新日 2021/12/28

「ダウンロード」をクリックすると、EPUBファイルをダウンロードできます。EPUB対応のブック・ビューアがあれば、こっちの方が快適かもしれません。 「ブラウザで読む」をクリックするとウェブ・ブラウザ上で読めます。ブック・ビューアのない方、手っ取り早く中身を見たい方は、こちら。
誤字・脱字等のご指摘はinfo@kozats.main.jpまで。

 私達は六月の末、勿論誰にも知らせずに、やつと一ケ月ばかりゐたその郊外の家を引越した。引越す時に、灰色の小猿を、わざわざ二里ばかり離れた山の中に捨てに行つた。そんな珍らしい動物がゐると、こんな田舍では直ぐ人目を引くからである。それに、猿がゐると自然、あの頃兄と仲の好かつた時分を思ひ出して尙更不氣味な氣持に襲はれるからだつた。
 拾てた猿は、キヤツ、キヤツと叫んで、高い杉の梢の方によぢのぼつて行つた。仰ぐとそれが遠い梢で小鳥の樣に小さく止まつてゐるのである。
 引越してから愈々貧乏した。が私達はいくらか落着いて來た。

 貧乏しきつた私達二人の、その竹林の底にある借家の日當の惡い庭は、眞夏になつて雜草が人の丈位に伸び上つた。庭に出ると、首だけが生え繁つたその草の中からのぞいてゐるのだ。庭は一方が丘陵の多い山の畑に續いて、その畑の連りが段々になつて、遠く次第に高い山になつて行くのである。
 その頂の山畑で、よく落日を受けて動く農夫のかげが見えたりした。
 一方は杉や櫟の雜木林につづき、あと二方は晝でも靜かな孟宗藪であつた。その向うに大きな百姓家が一軒あつた。夜はそこからランプの灯かげが幽かに流れた。
 私はつくづく庭と云ふものは、その主人の心境を反映するものだと思つた。二ケ月も家賃が滯るともう、私達は庭を淸楚に掃除する氣がしなかつた。そのくせ終日ぼんやり部屋の隅に寢轉んだり、坐つたりして憂鬱な顏を突き合はしてゐたのである。だから、かう云ふ主人の棲つて居る家は、見も知らぬ通りすがりの通行人が見たら、淋しい疲れた家の表情を示してゐるにちがひないのだ。