古雜文庫

図書カード

藏原伸二郞:猫のゐる風景

表 題 猫のゐる風景
著 者 藏原伸二郞
底 本 文壇新人叢書第十篇「猫のゐる風景」(1927年11月15日 春陽堂刊)
初 出 『三田文學』第一卷第九號(1926年12月1日)
更新日 2022/01/10

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     一

 ——俺の故鄕といふのは何と物憂げな地方だらう!
 この秋のさむしい日の午後に、私は廿何年ぶりかで初めて見る、その故鄕の風景の中を步いてゐた。さうして、私は、實に遠い少年の彼の面影を想ひ起してゐるのだ! 何時だつたか二三年前、銀座の人ごみの中で、ほんの二三分間を彼と話した樣な氣がするのだが、それも信じられない程怪しげな記憶である……彼は私の幼ななじみで、その實に遠い記憶では、彼は色の靑白い、目の大きいおどおどして憂鬱な少年だつたが…………。

     二

 もう黃昏である。
 古風な石垣と樹木の多い村道を通つて、私はやつと村人に敎へられた彼の家と云ふ、その太古的な門の前に佇つた。幾匹もの蜥蜴が日向をちよろよろと走り去つた。
 私の心は今、あの殉情な興奮でいつぱいになつてゐる。
 じつに高い樹木の蔭に、その友の家は古く朽ちかかつてゐた。屋根の上には何かのうす靑い草花が神經のやうに寂しく搖れてゐる。
 その邊りには一二軒の憂暗な障子のふるへる百姓小屋がある外、ずつと五六町も山の裾を廻らなければ人家は無かつた。小屋からは牛糞の臭ひと古い日本の匂ひがにほつて來た。
 友の古い家は、しかし、田舍には珍しく立派な造りであつたらうことは、その周圍の土壁を見ただけでも解るのだ。が、その土壁も所々に壞れてゐて、雜草がいちめんに伸び上つてゐるのだ。