古雜文庫

図書カード

伊藤永之介:濁酒密造の話

表 題 濁酒密造の話
——追ひつめられた農民——
著 者 伊藤永之介
底 本 『日本國民』第一卷第七號(1932年11月1日 日本國民社刊)
初 出 同上
更新日 2021/01/20

「ダウンロード」をクリックすると、EPUBファイルをダウンロードできます。EPUB対応のブック・ビューアがあれば、こっちの方が快適かもしれません。 「ブラウザで読む」をクリックするとウェブ・ブラウザ上で読めます。ブック・ビューアのない方、手っ取り早く中身を見たい方は、こちら。
誤字・脱字等のご指摘はinfo@kozats.main.jpまで。

       一 どぶろく蔓延

 濁り酒ともどぶろくとも言ふ。これを密造するからダクミツである。
 全國でこれの最も烈しいのは秋田縣だ。一年に五件や十件檢擧されない村はない。血を流した爭議で有名な前田村、こゝでは最近十年間に四百數十件の違反が擧げられてゐる。
 百姓にとつてどぶろくは、赤子の乳だ。人間には乳よりも飯の方がいいだらう。が赤子に飯をやると胃腸をこはす。六、七十錢もする淸酒を飮んだら、貧農は胃腸はおろか命があぶないのだ。それでなくてさへ餓死が脅やかしてゐる。
 各地の稅務署の間稅課員は、盆、正月、田植時、苅入時のダクミツ季節は勿論、年中ゲートルに草鞋がけで、村から村を檢擧に步いてゐる。之を酒役人といふ。酒役人の顏は日燒で黑光りがしてゐる。一ト部落から五件も十件も檢擧される。最低三十圓から三百圓位までの罰金だ。五升位の密造が五、六十圓の罰金だ。逆立ちしても百姓には及びのつかない大金だ。それでも「ダクミツの惡風?」はやまない。やまないどころか、農業恐慌この方次第に「惡風?」は野火のやうに燃えひろがつて行く。
 これは一體どういふ譯だ。分り切つてゐるではないか。罰金の恐ろしさに、安いダクミツを控えてゐたのが、窮乏の深刻化で、いよいよ決定的に淸酒に手が屆かなくなつたのだ。「檢擧だ、罰金だ、それがいやなら刑務所だ」と、いくらおどかされても、もう貧農には金輪際、四割近くも酒造稅を割つた「淸酒」を飮んだり、酒造資本家の布袋腹をふくらませたりする餘地がなくなつてゐるのだ。