古雜文庫

図書カード

近松秋江:奇緣

表 題 奇緣
著 者 近松秋江
底 本 『改造』第七卷第十號(1925年10月1日 改造社刊)
初 出 同上
更新日 2022/01/29

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 七月の中旬であつた。竹崎は、每朝九時ころ郵便配達が置いてゆく、いろんな郵便物の中に、屢々未見の靑年などから受取る手紙と同じやうな一通の封書を受取つた。彼はいつものとほり、ある冷淡さを以つて開封しながら、中に白いペーパーにペンを以つて書かれてゐる文字を一瞥すると、それが、封筒に書かれた名前が男子の名であるにもかゝわらず、女の筆蹟であるらしいのに先づ不審を抱かされた。それで彼は本文に眼をとほす前に一寸、二枚重なつてゐるペーパーの一番しまゐの處を讀んでみると、そこには果して女名前で奧田ひろ子と署してあつた。竹崎はしかし、女性からの手紙を受取ることも決してめづらしいことではないので、それを見て格別驚きもしなかつたが、通例其等の場合には表の封筒にも公然と女名前を書いてあるのに、此の場合は故意にそれが男の名にしてあるのが冒頭の不審であつた。彼はそれによつて、直ちに、或るものを、その手紙に直覺した。それが俄に、今まで冷淡であった彼の興味を刺戟することになつた。
 讀んでみると、文意は案外に簡短なものであつたが、中にいつてゐることはかうである