古雜文庫

図書カード

中野秀人:冬の女王

表 題 冬の女王
著 者 中野秀人
底 本 『我觀』第二十五號(1925年11月1日 我觀社刊)
初 出 同上
更新日 2022/02/04

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 彼女は「女の國」に生れた一個の智慧です。彼女は健康な肉體に愛されることの名譽心を育ててゐます。村は驛から一里半、きらきらきらきら裸の桑が棚をめぐらします。勿論冬が來たので、彼女の頰は眞赤に櫨色になります。彼女は親孝行で兄思ひで、旭陽と共に鷄に最初の餌を投げます。
 靄の練絹がきれぎれに飛むで行つて、柱がぐしよぐしよ泳ぎ出して來る。くーく、くーくと、卵の生み場に惱むでゐた鷄は藁の棚で眼をつむる。その頃通行人は山茶花の生垣越に彼女の爽な戲談が、昔ながらの大地主である山田一家の古びた庇を、ゆるがしてゐる幸福を發見します。たとへばそこに一人の男が通りかかります。その男は小作人かも知れません、少し緣の下つた萎れた夏のパナマ帽を冠ぶり腰には手拭をはさむでゐる。なにやらぶつぶつ口に泡を溜てゐるのは、ある形而下的な問題から憤りがさめ切らないでゐるのである。ところが彼は急に耳をそばだてる。そして陽溜りの暖さうなさざめきに瞞される。はつきりした步調で步く。もはや高藪の冷たい陽蔭道に向つてさへ勇敢に步いて行く。——そのやうに彼女は空氣をさへ支配してゐる冬の女王である。