古雜文庫

図書カード

德永直:はたらく一家

表 題 はたらく一家
著 者 德永直
底 本 「はたらく一家」(1941年4月20日 櫻井書店刊)
初 出 『自由』(1937年8月)
更新日 2022/02/18

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 石村一家にとつて、困難な問題がもちあがつた。蓄電池工場に通つてゐる長男の希一が、家を出ると言ひ出したのである。
「ねえ、父ちやん……」
 長男の工場は遠いので、同じ殘業時間でも遲れて歸つてくるのだが、その晚も通ひ着の學生服のまゝ膝をそろへて、室の隅に新聞紙をかぶせてある膳のまへで、むつつりと飯を食つてゐた。そしていつものやうにバーバリのレーンコートを抱へこんで二階へあがつてゆくかと思つたらさうでなく、火鉢の前へきて四角に坐りこみ、まるで言葉の一つ一つまで考へておいたやうに言ひ出したのだ。
「親不孝になるか知らんが、五年間暇をくんないか」
 石村はギヨッとしたやうに忰の顏を見た。長男より少し先に、勤めてゐる印刷工場から戾つて祖父さま相手に一本の銚子を甜めたが、晝間の疲れで居眠り加減でゐたとこだつたからよけいおどろいた。
「藪から棒に——何、暇とつて何をするつもりだ?」
 思はず煙草をきつくハタいたが、實は「藪から棒」でなしに、石村の胸にも近頃の長男の擧動から、ある豫感はあつたので、內々惧れてゐたとこだつた。
「俺はいまの工場に勤めてゐたつて一生ウダツはあがらないから、あそこをやめてどつか他の夜間でも晝間でも學校にゆけるところへ變るつもりだ。そして電機學校四年を卒業して、工手の免狀をとりたいんだ。さうすれば二十七八のときは惡くても六七十圓の月給はとれるだらう——」 「ウム、しかし——」
「いや、俺が出てゆけば家が困ることはよツく知つてるよ。だから父ちやんに賴むんだよ。だつてこの儘じや何年勤めたつて俺ア——」