古雜文庫

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島木健作:勤勞者の餘暇に就て

表 題 勤勞者の餘暇に就て
著 者 島木健作
底 本 『文藝』第九卷第一號(1941年1月1日 改造社刊)
初 出 同上
更新日 2022/03/12

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 去年、滿洲の日本人村を訪ねあるいた時に、私はあるところである家にとめてもらつた。それは開拓民として入植してまだ三年目ぐらゐの、三十に少し間のある、靑年の家であつた。
 開拓民の家のつくりはどこでもおなじやうなものである。外觀もだが、六疊二間ぐらゐの內部も、異鄕に移り住んで間もない移民に共通な雰圍氣を持つてゐる。しかし私はその靑年の部屋に通された時に、一步その部屋に足を踏み入れた時にもう、今までたくさんあるいて來たところとは何かかう違つた雰圍氣を感じたのであつた。靑年は知識階級の出らしい顏をしてゐた。部屋の片隅には机が据ゑてあり、眞白な、緣の方には水色の刺繍の飾りのあるテーブルクロースがかかつてゐて、机の上にはいろんなものがゴタゴタと亂れてをり、忙しい時間の間をぬすんで部屋のあるじがその前に坐るらしい模樣を見せてゐた。机のかたはらには本箱があつて本がつまつてゐた。壁には風景寫眞の引きのばしがとめてあつて、それは靑年の故鄕の圖ではないかと私は想像した。また小さな油繪の額もかかつてゐた。
 私は靑年と向ひ合つて話しはじめた。四月末か五月はじめのことで、北滿の氣候は夜はなほしばしば零下にくだる。靑年は遠來の客である私のために、燃料を節約してしばらく焚くことをやめてゐたらしい丸ペーチカに火を入れてくれた。部屋があたたまるにつれて、話がはずむにつれて、靑年の頰は紅潮して來た。