古雜文庫

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長谷川千秋:我が國の民謠

表 題 我が國の民謠
著 者 長谷川千秋
底 本 『文藝』第九卷第一號(1941年1月1日 改造社刊)
初 出 同上
更新日 2022/03/15

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 私は東海道線のある漁師町に生れ、そこの殆ど傳統のない新開地のやうな土地に育つて、そこの土地柄か或は時代の風潮のせゐだつたか、民謠などと云ふものを大人の口から聞いたことは極めて稀であつた。
 それで靑年時代まで民謠についての知識も殆どなかつたばかりでなく、民謠の表はす(或は持つてゐる)それ〴〵の特別の感情なども少しも知らなかつた。
 大人になつて或る時、私は靜岡縣の男と靑森縣の男と三人で、秋田の「ぢよんがら節」のレコードをかけてきいた。きゝ終つて靜岡縣の男は「憂欝な唄だなあ。」と云つた。靑森縣の男は「賑やかでいゝ。」と云つた。私は何となく騷々しくは思つたが、それは賑やかな騷々しさとは違ふやうだつたし、一方憂鬱だ云ふ形容も私には判らなかつた。
 寄席に通ふやうになり小唄端唄の類も耳にしたが、一向に記憶に殘らなかつた。Mと云ふ爺さんがゐて口を受け口に突き出しゆがめて額から絞り出すやうな聲で唄つた。「さあ、今度は一つお陽氣に、」と爺さんはよく云つた。それで見ると今迄の歌は陰氣なものだつたらしい。しかし私にはその陰氣さが一向に合點が行かず、次の「お陽氣」なのをきいても何故にこれが陽氣なのか判らなかつた。爺さんの嬉しさうな掛け聲の他は、唄の本文の旋律もそれ程前の唄に對比して大きく浮いたものとも思へず、囃子の伴奏とても一層元氣づいたものとも思へなかつた。或は文句のせゐか? さうだつたか知れない。しかし文句だけが陽氣で旋律が一向に變らないと云ふことはこれも解せないことだつた。