古雜文庫

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高野瀏:現代ドイツ人の生活と歌謠

表 題 現代ドイツ人の生活と歌謠
著 者 高野瀏
底 本 『文藝』第九卷第一號(1941年1月1日 改造社刊)
初 出 同上
更新日 2022/03/16

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 日常の生活から藝術が遊離したときに、一國の文化がその力を失ひ、そのために國力が衰へるといふ事實は、吾々が各民族の歷史、各國の興亡の跡を眺めて見たときに明かに認め得ることである。新興國家の潑剌たる推進力の中には常に文化的實踐、尙詳細に探求して見るならば、藝術的所爲が國民の生活の中に融け込んでゐるのを見出すのである。
 ナチスドイツの場合はその最もよき一例たるを失はぬ。所謂ドイツ浪漫派の華かなりし十九世紀にあつては、生活の中に科學と藝術が對立分離した。科学は生活の中に融け込んだけれども、藝術は生活の中から遊離して、超然たる存在を主張したやうに見える。所謂藝術至上主義とか「藝術のための藝術」は現實の生活を無視することに於て成り立つてゐたのである。即ち大衆性を帶びることは凡て藝術の墮落であると考へ、日常の生活から離れゝば離れる程、藝術は崇高なるものとさへ考へられるに至つたことがある。この場合、大衆性の眞義について、或ひは日常性の本質について、何らの吟味を行はず、唯之を輕視することに終始したかの如く見える。
 かくて形成されたドイツ文化は成る程絢爛たるものであつたかも知れない。確かに文化の黃金時代を釀し得たかも知れない。然しそれは同時に大いなる危期でもあつたのだ。生活から遊離した文化は益々國の力を弱めつゝあつたからである。
 一九三三年の國民的革命に際して、ドイツはこの危期から脫せんと努力した。藝術、文化の眞義をば國民の生活の中に再び見出さねばならないことを痛感した。かくて試みられた藝術運動の一つが現代ドイツ歌謠運動であるのだ。